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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第15話「旅客機内への道」

ヨーロッパ旅行小説(旅立ち編)

<前回までのあらすじ>

世界の車窓に憧れて旅立つことを決めた、元秘密営業部員の栗金団じゅんたろう。

社内で渦巻く陰謀、元上司の執拗な妨害・・・さまざまな障害をはねのけ、ようやく機内乗り込みの直前までたどり着いた。そして日本の地を離れる瞬間がついに目の前に!

 

乗務員の呼びかけで、次々とフロアに集まった乗客が旅客機に通じるゲートに入っていった。

(長かった・・)

テレビ朝日で「世界の車窓から」を見てから、およそ3年。

来る日も来る日もヨーロッパで、憧れの車窓から美しい風景を眺めることを楽しみにしていた。

それがようやく叶おうとしていた。

半年前の夏に突発的にしたためた辞表を課長に差し出し、有無を言わせず突発的に部屋を飛び出したあの頃がはるか昔に思えた。

さまざまな思いに記憶を馳せながら、機内のエントランスに通じるジェラルミン風の通路を一歩一歩踏みしめる。

通路を歩く中、窓の外を見ると、飛行場の広大な敷地が見えた。

テレビや映画でよく見る、飛行機に接続した通路(ボーディングブリッジ)の中を歩いている。

ひょっとしたら、通路のついた車(パッセンジャーステップカー)なのかもしれない。

しばらく歩くと、機内エントランスの両側に二人、男性乗務員と女性乗務員が乗客を出迎えているのが見えた。

次々と機内に入り込む乗客に笑顔で応えていた。

どの乗務員もとびきりの笑顔で、一人一人の乗客に丁寧にあいさつをしているのが分かる。

さすがはメジャーな国際線航空会社だと感心した。

そして私の番がきた。

にっこり微笑んで出迎える女性乗務員。

それに私も笑顔で応えながら、ついに待望の機内第一歩を踏み出した。

「ご利用いただきありがとうございます」

そんな私を優しく見守るように、髪を後ろにくくった凛々しい女性乗務員がてきぱきとした所作で声をかけてきた。

「い、いえ、どうも」

何と答えていいか分からず、思わず口ごもってしまった。

女性乗務員はそれなりにベテランなのか、そんな初心者丸出しの私の様子を見ても、笑顔を一切崩さずに優しく機内への道を示してくれた。

(これが国際線のフライトアテンダントというやつか・・・まさにプロフェッショナルだ・・)

感心しながら、乗務員の手の動きに合わせて機内の扉を潜ろうとした。

「座席はお分かりですか?」

と、突然その乗務員が声をかけてきた。

急いで振り返ると、相変わらず笑顔を保ちながら、乗務員はにこやかに私に近づいてきた。

後ろに続く乗客は大丈夫なのかと心配したが、別の乗務員が代わりにその対応を始めるのが見える。

なぜか少しホッとしながら、声をかけてきた乗務員に顔を向けた。

 「ええ、まあ、なんとか」

遠慮がちに答えたが、まるで私の内心の不安を見透かすように、乗務員は私の目をまっすぐ見つめながら、再び語り掛けてきた。

「よろしければ拝見させて頂きますが」

そうだな・・・と思いつつ、手に持ったチケットをちらりと見ると、見慣れない番号が書かれているのが見えた。

(自分で探してもいいが、ここは頼んでみるか)

まだ乗り入れが始まったばかりなので、機内は空いていたが、後ろからやってくる乗客で混雑し始めると、少しやっかいだなと思った。

なにしろ今回が初めての海外旅行なので、勝手が分からないことがおびただしい。

なので、乗務員の申し入れに乗ることにした。

それに彼女はけっこう美人だったのだ。

「すいません。お願いできますか?」

乗務員はにっこり微笑むと、私からチケットを受け取り、こちらへどうぞ、と言いながら、私を席まで案内し始めた。

座席は案外近くにあった。

機内入り口から向かって左奥の3列目が私の席だった。

隣は2つ空いており、その向こうは窓になっていた。

大空が間近に見える窓際が良かったのだが、あいにく座席を予約するときにトイレに近い方をと考えて通路側にしていたので、それもかなわなかった。

(しまったな・・)

少し後悔したが、仕方ない。

女性乗務員の指示に従って、荷物を座席の上にある収納ボックスに入れ、座席パネルの使い方や、いざという時の酸素吸入方法など、緊急時の対処の仕方までこまごまと教えてくれた。

(ありがたいが、ここまでするものか?)

周りの乗客を見たが、私のようにこまごまと指図してくれる乗務員はほかにはいないように見えた。

皆、各自で座席に座って、座席周りを自分で触っている。

なぜここまで、この乗務員は親切にしてくれるのか?

(ひょっとして・・・逆ナンというやつか)

リクライニングシートの使い方を教えてくれる乗務員の顔が、着席した私のすぐ目の前にあった。

ひっつめにしたその髪は黒く美しく、綺麗に通った鼻筋、セクシーな口元、私を見つめる二重瞼の日本人離れした眼には情熱的な炎がその瞳の奥に輝いているように見えた。

「最後になりますけど・・」

私が固唾を飲んで乗務員の顔を見つめていると、いきなりそ唇を私の耳元に近づけてきた。

(こっ、これはっ!)

予想外の展開に心臓をバクバクと高鳴らせると、一気に頭の中で妄想が広がった。

「このまま一緒にどこかにいかない?」

熱い吐息で誘いをかけてきた彼女。

その誘いに私はうんと頷き、そのままロンドンまで一緒に飛んでどこか遠いヨーロッパのホテルで一晩を共にするのだ。

なんて素敵な展開。

なんてアバンチュールなバケイション!

もうこうなったら、アントニオとか私を追う課長のことなどどうでもいい!

俺はこのまま彼女と世界を旅するのだ!!

 

「猫に気をつけて」

 

妄想に脳内をスパークさせていると、耳元でそう囁いてきたのが聞こえた。

「えっ?」

思わず乗務員を見返したが、すでに私の耳元から唇を離して体を起こし、踵を返そうとしていた。

「どういう意味だ?!」

聞き返したが、すでに機内扉のほうに歩き去っていく後ろ姿があるだけだった。

私はその姿を見つめながら、座席に座ったまま、しばし呆然とした。

ねこ。

それはあの「猫」の意味だろうか?

そういえば、同じセリフを先ほど聞いた記憶がある。

「お若いの。猫は好きかな?」

搭乗ゲート前。

フロアで出会った老紳士との別れの際に語り掛けてきた言葉。

そして今しがた聞いたフライトアテンダントの謎の警告じみた言葉。

どちらも同じ「猫」だ。

なぜ猫なんだ?

ひょっとして、会社で起こっている権力闘争に関係のあることなのか?

いや、しかし、俺はすでに退職して関係の無い身のはず・・・

課長がどんな陰謀を張り巡らせようと、俺には関わりのないことのはずだ。

様々な想像が脳裏を駆け巡る。

しかし、どれもが現実身のないように思えた。

たとえ課長が会社を乗っ取るために、その秘密を知った俺を消そうと思っても、すでにその追っ手は駅のホームと、空港内のコンビニ前でカタをつけたはずだ。

ひょっとして「猫」とは、新たに課長が送り込んだ”刺客”のコードネームのことか?

それなら、そのことを警告してきた、老紳士と乗務員はいったい・・・

 

「本日は本機にご搭乗頂き、ありがとうございます」

 

気が付けば、機内アナウンスが始まっていた。

はっ、とした私は、慌てて周りを見ると、すでに乗客は搭乗を終えていて、座席の多くが埋まっていた。(続く)

 

登場人物の紹介

europetravel.hateblo.jp