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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第14話「搭乗の時」

<前回までのあらすじ>

世界の車窓に憧れて旅立つことを決めた、元秘密営業部員の栗金団じゅんたろう。

かつて属した組織からの追跡、空港で出会ったかつての同僚・・

さまざまな困難を乗り越え、ついに搭乗の時がやってきた!

  

搭乗ゲートの前にある、座席つきのフロアで時間がくるのをひたすら待った。

樹脂製の座席はお世辞にも座り心地が良いとはいえず、ずっと座っていると尻のあたりが痛くなってくる。

リュックから取り出した文庫本を読み、時間を潰すことにした。

今回の旅では、きっと日本語に飢えるだろうと思い、数冊の文庫本を携えることにしていたのだ。

そのほとんどは旅に関するものであり、特に私が学生時代から愛読していた椎名誠氏のエッセイ集は外すことはできなかった。 

(これは旅の本ではないが、食べることに関してこれだけ面白く語れる作家は、この人以外にないのではないか) 

ペラペラとページをめくりながら、ふふふと笑った。

(やはり椎名さんのエッセイはキレすぎる)

笑いながらしばらく本を読んでいると、周りの乗客が呼ばれて立ち上がっているのが目の端に見えた。

ふと時計を見ると、18時05分。

出発は18時30分。

もうそろそろ乗機の時間だ。

本を閉じ、リュックに入れると、前を向いた。

すでにフロアの座席に座っていた乗客の多くが、乗務員の呼びかけで座席番号の列ごとに並び始めていた。

窓の外を見ると、おそらく搭乗するであろう、旅客機が空港ビルのそばにまで移動し始めていた。

 「どちらまでいかれるの?」 

横から声がかかった。

顔を上げると、隣に座る老婦人が私に話しかけているようだ。

首元に真珠の大きなネックレスをかけた、白髪の上品そうな顔立ちをした婦人だった。

 「ええ、イギリスまで」 

「あら、そう。奇遇ね。私たちもイギリスに向かうのよ」 

嬉しそうな顔で老婦人は言った。 

「ええ。しかしこの飛行機はヒースロー行きなので、乗客は皆・・」 

そこまで言って、私は口を止めた。

老婦人の嬉し気に私を見る表情があまりに幸福すぎて、余計なツッコミをするのが野暮に思えたのだ。 

「おい、ばあさんや。ワシらもヒースローに向かうんじゃないか。ここにいる人は皆イギリスに行くんじゃぞ。若い人も困った顔しとるだろう」 

突然、老婦人の向こう側から、年老いた男性の顔がこちらを覗き込んでそう言った。 

「あら、すっかり忘れてたわ。私ったら、ごめんなさいね」 

老婦人は目を大きく広げると、満面の笑みを浮かべて私にむかって頷いた。 

「いえ、いいんですよ」 

こちらに顔を向けている老婦人と老紳士に軽く会釈して訊ねた。 

「失礼ですが、お二人はご一緒で?」 

「そうなのよ。私たちこう見えて夫婦なのよ。今年で60年になるかしらね、結婚してから」 

老婦人は愉快気に横にいる老紳士に話しかけた。

ハンチングハットをかぶった老紳士は、老婦人と同様に上品なみなりをしていて、一見して裕福な階層の出であることが見て取れた。 

「そうじゃな。もうそんなになるか。わしらもずいぶん年をとったのお」 

老紳士はフオッフオッと愉快気に笑った。 

「あちらへはご旅行で?」 

「ええ、そうよ。もう何度も行ってるの。毎年ね。今年はおじいさんと私の結婚60年記念だから、特別にヨーロッパを一周するつもりなのよ」 

「ヨーロッパ一周ですか。そいつはいい。きっと素敵な記念旅行になるでしょうね」 

「ありがとう。あなたも記念か何かで?」 

「そうですね・・・記念といえばそうかもしれない。そうでないといえば、そうかもしれない・・」 

遠い目をして言った。 

「ばあさんや、初めて会った人様にそんなにあれこれ訊ねるもんじゃないぞ。皆、それぞれ事情があって旅に出るんじゃろう。お若いのも困った顔しとるじゃないか」 

「いえ、そんなことはないですよ」 

そう否定したが、正直、どう説明すればいいのか分からなくなっていた。

世界の車窓に憧れたというのが、旅に出た当初の理由だったが、今やそれ以外の事情が重なろうとしていたのだ。

そしてそれが意外に大きくなって、私の心の中を占めようとしつつあるのも事実だった。 

「私ったら、いろいろ余計なことを聞いてしまって、ごめんなさいね」 

老婦人は申し訳なさそうな顔で私を見つめた。 

「本当にいいんですよ。まあ、ちょっとした休暇です。1,2週間あちらに滞在してリフレッシュしようと思ってるんですよ」 

そういって、お茶を濁すことにした。

老婦人はにっこり微笑んだ。 

「きっと良い骨休みになると思うわ」

ありがとうございます、と言って頭を下げた。 

 

「N列の座席の方は搭乗をお願いします」 

 

前方から声がこだました。 

「どうやら時間が来たようです。私の座席番号はN列だ」 

老婦人にそういって、リュックとバッグを両肩にかけた。 

「残念だわ。もう少しお話ししたかったけど・・・」 

名残惜しそうに私を見て、老婦人は何度も頷いた。 

「こちらこそ話ができて良かったです。ぜひまたあちらでお会いしましょう」 

立ち上がって握手を求めた。

老婦人、そしてその隣に座る老紳士と握手をかわした。

 

「お若いの。猫は好きかな?」

 

「え?」

 

握手を交わしながら、老紳士は突然、そう訊ねてきた。 

「ええ・・まあ・・嫌いじゃないですが」 

「そうかね。イギリスの猫はたいそう可愛いと聞くから、楽しみじゃな」 

目を細めて微笑むと、グッと手に込めてきた。 

(?!) 

思った以上の力だった。

ただ者ではない。

そう感じた。 

「ではこれで」 

手を放し、スッと立ち上がった。

私は一礼し、名残惜し気な表情で私をみつめる老婦人に軽く会釈すると、搭乗口のほうに歩いていった。 

 (あの老紳士・・)

握手した手をじっと見た。
赤くなっている。
相当強い力だったことが見て取れた。

(それもツボを心得てる)

親指と人差し指の間のツボ「合谷」を親指で刺激してきたのだ。
そのせいか手全体がジンジン痺れてきている。

(何者かは知らんが、ただ者ではないな)

歩きながら後ろを振り返ると、二人はまだこちらを見てニコニコ笑って手を振っているのが見えた。
私も微笑み返すと、さりげなく老紳士に絞って視線を送った。
老婦人と同様に微笑んでいるが、その目の奥の光は鋭い。
先ほどまでは気が付かなかったが、肩のラインが盛り上がっているようにも見えた。
それに最後の猫の質問の意味・・・

(今度機内で会うことがあれば、じっくり聞いてみよう)

そう思い、すでに搭乗口に並んでいる乗客の後ろに立った。(続く) 

 

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