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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第11話『セキュリティゲートの向こう側』

<前回までのあらすじ>

世界の車窓に憧れてヨーロッパに向かった、元秘密営業部員の栗金団じゅんたろう。国内の空港で元上司の放った刺客に襲われながらも、なんとか切り抜け、元同僚と衝撃の再会を果たす。そしてついに持ち物保安検査に至るのだった。しかしそこでも、保安検査員とのし烈な戦いが繰り広げられようとしていた・・・

 

「またバナナの皮ですか」

検査カウンターの上に乗せたバナナの皮を見て、検査員は無表情に聞いてきた。 

「見てのとおり、バナナの皮です」 

私も対抗するように、無表情に答えた。

「ここに来る途中、食べていたものですから」 

検査員は私の話を聞いてるのか、聞いていないのか、じっとカウンターの上に置かれた2つの皮を見つめていた。 

「バナナというのは非常に栄養がありましてな。たんぱく質、カリウム、マグネシウム、ビタミンとバランスよく栄養素が含まれていて、なかでもカリウムは塩分を・・・」 

「これは何ですか?」 

私の演説を途中で遮るように、検査員はカウンターの内側にあるモニターを凝視しながら訊ねてきた。 

「え?」 

「今あなたの出された皮をスキャンしたところ、皮の内部にこのようなものが写っていることが分かったのですが」 

検査員はモニターを指さしながら、私のほうを見た。 

「どれどれ」 

カウンター越しに中を覗き込むと、そこにはX線検査装置のモニターがあった。

そこにはバナナの皮とおぼしき物体の内部に黒く丸みを帯びたものが写り込んでいたのだった。 

「これは種ではありませんね」 

「そのようだ」 

「取り出してもよろしいですか?」 

私の返事を待つまでもなく、検査員は皮を手の取って半分にちぎった。 

「これだな」 

中から出てきたのは、銀色に光る猫の顔をした物体だった。 

「一見するところ、キーホルダーではなさそうですね」 

「・・・・」 

検査員は皮の中から取り出した銀色の猫顔の物体を指でつまむと、しげしげと眺めた。 

「これは・・・・手裏剣ですね」 

「主任!こちらのバナナの皮にも入ってました!」 

すると、もう一枚のバナナの皮を調べていた女性係員が大声を出して伝えてきた。 

「それはなんだ?」 

「イヌの顔をした・・・・手裏剣です!」 

おやおや、と検査員は首を振った。 

「大きさから言えば銃刀法には当てはまりませんが、これだけ鋭利な切っ先だと、危険物の類に入りますね。これはどういう目的でこの中に入っているのです?」 

「おまけです」 

私はすかさず言った。 

「おまけ?」 

「そう。バナナのおまけです。私のよく行く果物店では毎回何かしらのおまけを混ぜてくれるのですよ。中に何が入っているのか、私にも分からない。それがたまたま今回は手裏剣だった、ということになるのでしょう」 

ほほう、と検査員は興味深げな顔をした。 

「そんな果物屋さんなら、ぜひとも私も行ってみたいものです。息子が喜ぶだろうなあ」 

ハハハ、と笑った。皮肉なのか、本気なのか、その無機質な笑顔からは、何の感情も見いだせなかった。 

(まずいな) 

久々に緊張し始めていた。 

(すっかり抜くのを忘れていた) 

検査員の鋭い目つきが見通している通り、あのバナナの皮は私が諜報員時代に使用していた「仕込みバナナ」だった。

バナナの皮は栄養にも優れていて、いざというときにはサバイバル食として役立つし、または秘密営業作戦用の小道具として、相手を滑らせたり、自分が滑って転んで相手を笑かして油断を招いたりと、緊急時にはかなり重宝したものだった。

そして最終的には皮の中に武器を仕込むというオリジナルの技を編み出したのだけど、この仕込みをすっかり抜くことを忘れてしまい、この場に至るのである。 

(どうやってこの場を切り抜けるか) 

あくまで「おまけ」でシラを切りとおすのか、それとも・・・ 

「宜しければ、別室で少しお話しませんか?手裏剣のこととか、おまけをつけてくれる果物屋さんのこととか色々とお聞きしたいので・・」 

そう言いながら、検査員はカウンターの向こう側に並んでいるセキュリティガードのほうを見て微笑んだ。 

「そのようですね・・」 

セキュリティガードの人数を目で確認しながら、背後にある窓ガラスをちらりと見た。

外で何羽かの鳩が羽ばたいているのが見えた。 

(隙を見つけてガラスを突き破り、あの鳩に飛行機まで連れて行ってもらうか) 

覚悟を決めて、セキュリティガードのほうに顔を向けた時、 

「あら!それが、おみやげの手裏剣?」 

と、カウンターの向こう側から声が響いた。

え?と思い、顔を向けると、セキュリティーガードの横を通り抜けながら、ジョリーがこちらに歩いてきていたのが見えた。 

(たしか俺より先に別のゲートで保安検査を受けていたはず) 

「フランシスおばさんは日本の忍者が大好きだから、きっと喜ぶわよ!」 

ジョリーはカツカツと勢いよく私のいるカウンターのほうまで来ると、呆気にとられる検査員を尻目にカウンターの上にある手裏剣を手に取った。 

「イヌと猫!可愛いわね!」 

「ちょっとすいませんが・・」 

ようやく検査員が間に入ってきた。 

「なに?」 

「どなた様です?今ちょうど検査中でして・・そちらの手裏剣は危険物としてお預かりしないと・・」 

「私はこの人の婚約者よ!これからフランスでバカンスを楽しみに行くのよ!これが危険物ですって?もしこれが危険物だっていうんなら、爪切りとか鼻毛カッターも危険物っていうわよ!」 

「いえ・・こちらはそういうのを越えてますし・・・」

 

「シャーラーップ!!」

 

大声で検査員を威嚇するようにジョリーは叫んだ。  

「うっ、あっ・・」 

ジョリーの勢いに完全に押されたのか、あれだけ冷静だった検査員はしどろもどろになっていた。

もちろんそこを仕切る検査員がそうなのだから、部課らしき女性検査員もセキュリティガード同様である。ジョリーの勢いはさらに増していた。 

「とにかく、この手裏剣はフランシスおばさんへのおみやげなんだから、さっさと通してちょうだい!機内持ち込みがダメだったら、荷物扱いでもいいから!」 

「いえ、ですから、それをバナナの皮に仕込むという行為がいかにも・・」 

「この人はそういう冗談で人を驚かすのが好きなのよ!」 

言いながら、ジョリーはちらりと横目で私を見た。

その視線の奥には”あれを出しなさい”という意味が込められていた。

私は頷き、オホン、と咳払いすると、財布から一枚の名刺を取り出して、おもむろにカウンターの上に置いた。 

「これをどうぞ」 

突然出された名刺に検査員は驚いた顔をした。 

「これは・・?」 

「果物屋の名刺です。先ほどは戸惑ってしまって、ついついお渡しするのを忘れてました。そちらに電話をかけてもらえれば、すべて謎は”丸く”収まります」 

名刺を手に取って見つめる検査員に静かに語り掛けた。 

「なるほど・・では少々お待ちいただけますか?」 

ようやくリズムを取り戻したのか、検査員は先ほどの冷静な表情になって、女性係員とセキュリティに何事か耳打ちすると、一礼してどこかに歩いていった。 

「ふう」 

息をついて、ジョリーを見た。

ジョリーは片眉を少しあげて、私の視線に応えた。

背後をふと見ると、セキュリティがまだ立っていた。

警戒はまだ続いているようだった。 

「お待たせしました」 

3分ほど待っていると、検査員が汗を拭きつつ、戻ってきた。 

「どうでした?問題は収まりましたか?」 

私の問いに検査員は頭をペコリと下げると、 

「大変申し訳ありませんでした。私の勘違いだったようです。お客様の手裏剣は確かに”おまけ”として、果物屋さんで扱われているようですね」 

「でしょう?だからあれだけ言ったのに」 

気が付くと、ジョリーはいつの間にか私の隣でフィアンセ(婚約者)然としながら、指で煙草を吸うふりをして検査員に文句を垂れた。 

「はい、それはもう・・・こちらの手違いということで・・ただ、こちらの手裏剣は機内への持ち込みはできませんので、荷物としてお預かりの上、到着先の空港でお受け取りお願いするという形になりますが・・」 

私は「もちろん」と言った。

ジョリーも頷いた。 

 

「フランシスおばさんも喜ぶわ」

 

保安検査場を抜けながら、私とジョリーは並んで出国審査のゲートに向かって歩いていた。 

「まさかあのタイミングで出てくるとはな」 

ジョリーのほうを向きながら言った。 

「まあね。あなたが困っていそうだったから、ちょっとヘルプしたまでだわよ」 

相変わらず指で煙草を吸うふりをしながら、サングラス越しにニコリと微笑んだ。

私はサンクス、と小さな声で礼を言った。 

「しかし”果物屋”をまた使うことになるなんてな。できれば避けたかったんだが」 

果物屋とは、秘密営業部員が身分を偽るときに連絡先として使っていた、会社組織の一部門のことだった。

現場の営業部員しか知らない番号で、そこにかけると、偽りの身分が証明されるという仕組みである。 

「あの状況なら仕方ないわ。あなた、そうしなければ、強行突破するつもりだったんでしょう?」 

「まあね」 

廊下の横にあるガラスから外も風景が見えた。

空港の飛行場。

鳩を使っていれば、今頃あの機体の上に連れて行ってもらって、扉から無理やり侵入していたのだろうか。

そう思えば、さきほどのやり方の方がまだ紳士的に思えた。 

「果物屋もよく俺の身分を証明してくれたもんだよ。辞めて日が経ってというのに」 

「ふふふ。そうね」 

ジョリーの含み笑顔が気になった。 

「なんだ。あんたが根回ししてくれてたのか」 

 「それは内緒よ」 

再び指で煙草を吸うふりをして、プハーッと大きくエア煙を吐く仕草をしていた。 

(そうとう重症だな) 

苦笑いしながら、ジョリーの指先を見た。

黄色いマニキュアでごまかせないほどのニコチン色が指先に染み付いている。

作戦で必要だったとはいえ、きっとニコチンはジョリーの心身まで入り込んでいるのだろう。

それが姿を消した原因だったのだろうか?それとも何かほかの・・ 

「あんたが会社から姿を消した理由を聞きそびれてんだが、あれは何だったんだい?」 

再び問おうとしたとき、ジョリーはニコチンにまみれた指先をまっすぐ先に示した。 

「着いたわよ」 

顔を向けると、出国審査ゲートの前だった。(続く)

 

 次回の話&登場人物

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