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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第9話「保安検査場にて回想」

ヨーロッパ旅行小説(旅立ち編)
<前回までのあらすじ>
元秘密営業部員を退職し、ヨーロッパを目指す栗金団じゅんたろう。組織の転覆を企画する元上司の刺客が次々とじゅんたろうに襲い掛かるも、持ち前の機転と胆力で切り抜ける。空港に到着した彼の目の前に、かつての同僚ニコチーナ・ジョリーが現れた!

 

女はじっと私を見つめると、やがて言った。 

「その名前はやめてちょうだい。昔のものだから。それに今は私、ニコチンはまったく摂取してないのよ」 

そういうと、指で煙草を吸う仕草をした。 

「時々うずくけどね」 

しなやかな指さばきだ、と思った。 

(あの指で何人のターゲットを葬ってきたのだろうか) 

秘密営業部ナンバーワンといわれた優秀すぎる女エージェント、安藤樹里。

それがジョリーの本名だった。

ニコチンのニックネームは、ジョリーが決してヘビースモーカーだったからではない。

それは彼女がニコチンを使った秘密工作を得意としていたからである。 

(いつ、いかなるときでニコチンでとどめを刺す。それがジョリーのやり方だ)  

「ようやく思い出してくれたようね」 

ジョリーはフーッと煙を吐き出す仕草をして、私の鼻先に息を吹きかけてきた。

かすかに残るニコチンの匂いを嗅ぎながら、禁煙したのはつい最近だな、と思った。お  

「久しぶりだね」  

「そう・・あれから何年かしら?」 

「5年になるかな」 

5年前、ジョリーは私の同僚だった。

だがある日、突然姿を消して社に来なくなった。

口さがないやつは「任務がキツくて無断で辞めたんだろう」と言っていたが、私はそう思わなかった。 

「5年・・・長いようであっという間だったわね」 

ジョリーは天井を見上げる仕草をした。 

「顔がすっかり変わったな」

「そうね。いわゆる整形よ」

「俺が覚えてるのは、ボブカットの日本人形みたいな顔だ」

「それは3年前」

「じゃあ今の顔は?」

「去年ね」

「やはり任務のためか?」

「そうともいえるわね」

物憂げに私の質問に答えながら、ジョリーは長く黒い髪をかき上げ、左の指でふうっと煙を吐く真似をした。

「あの日、突然姿を消したのには何かわけがあったのかい?」 

「栗金団、あなた会社を辞めたんですってね」 

私の質問に直接答えずに逆に聞き返してきた。 

昔からそうだった。

肝心な質問をするときは、必ずそれに答えず、聞き返してくるのだ。

私はやれやれと首を振りながら、会話を続けた。

「そうだよ。よく知ってるな」 

「昔の知り合いが色んなこと教えてくれるのよ」 

「知り合いね・・・旅に出たくなったんだよ。無性に」 

「ということは、もう会社とは縁も切れてるってことね」 

「そうだといいが・・」 

課長の顔を思い出した。

私を付け回した課長の犬どものことも・・・

「なにかありそうね」 

「まあな」 

一呼吸おいて返答した私をジョリーはじっと見つめた。 

「今のあなたなら、答えてあげてもいいわよ、私が失踪した理由を」 

「今の俺なら?なぜ?」 

すぐに答えずに、ジョリーは指で煙を吐く仕草をした。

やはりニコチン中毒か、と思った。 

「まず会社を辞めてるし、社の方針に反抗的な人たちとも縁が切れてるから」 

「課長のことか」 

「そうよ。あの人は会社の秘密営業活動を仕切ってるボスと仲が悪いから」

「マッチオか・・」 

マッチオとは、秘密営業部の統括本部長ランドルフ・マッチオのことである。

若い頃はイタリアでアイスクリーム売りを生業にしていたが、社長が会社を起業する前に旅行したローマの売店で出会い、なぜか一目で気に入って、創業メンバーとして社長自らが一本釣りしたという逸材だったらしい。

したがって社長から秘密工作活動の統括の全てを任されたマッチオの地位は、社内組織でナンバー2といわれた。

そのマッチオと課長は、お互い天敵のようにいがみあっていたのだ。 

「お互いワキガの匂いが凄かったからな」 

イタリア男のワキガと日本親父のワキガ。

どちらも部屋に入ったら、鼻の良いものがいれば即時に嗅覚がなくなるというほど、強烈なものだったらしい。

その一方で、お互いはお互いの匂いを相当に嫌がってたらしく、社内で会合があっても滅多に近くに座りあうことはなかったようだ。

それが遠因で、いつのまにかいがみあうようになっていたというのが、表向きに語られる争いの理由だった。 

「で?それが、あんたの5年間の失踪と何の関係があるんだい?」 

「私が姿を消した理由・・それはね・・」 

「次の方どうぞ!」 

突然、前方から声がかかった。 

「早くしてください。後ろがつかえてますから!」 

少しイラついた感じで、検査官が私とジョリーを見ていた。

気が付くと、列はずいぶん前に進んでいた。

話すのに夢中になっていて、すっかり気づかなかったのだ。 

「ごめんなさい、いま行きますわ」 

ジョリーはそう声をかけると、「この続きはまた今度ね」とウィンクすると、そのまま駆けて行った。

私もその後に続いて検査ラインのほうに小走りで進んでいった。

すると、他のラインも空いていたので、後ろに誰もいないことを確認すると、そこにするりと入り込んだ。 

「どうぞ」 

目の前で冷たい顔をした検査官が立っていた。

(続く)

 

次回の話&登場人物

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