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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第8話「搭乗口へ」

<前回までのあらすじ>
秘密営業部員を退職して、世界の車窓を目指してヨーロッパに向かう、栗金団じゅんたろう。その途中で会社(組織)転覆を狙う元上司から刺客が送られてくることになる。しかし持ち前の機転とジョークで、次々と攻撃をかわしていく。

 

エスカレーターに乗って、搭乗口のあるフロアに向かった。

4階のフロアには、各航空会社の受付カウンターがあって、そこで手続きの前段階を済ませるという流れだった。 

(地球の歩き方にそう書いてあった) 

旅の初心者のバイブル的存在である「地球の歩き方」。

それは今の自分にはまさに神の声に等しい。 

(しかし想像とはだいぶん違うな・・) 

フロアにつくと、平日の昼間ということもあってか、かなりガラガラな雰囲気だった。 

(というか、フロアが広いので、人が少なく見えるのだ) 

よく見ると、それなりに乗客がフロアのあちらこちらで手続きをしているのが分かった。 

(16時15分・・・搭乗手続きにはまだかなり早いが、まあ、いいか) 

18時30分の出発まで2時間15分。

だいぶん時間が余ってるが、何事にも早いことに越したことはない。

私は早速、航空カウンターに向かった。

キャセイパシフィック航空。

それが今回の旅の友だ。 

(手続きはここか) 

特徴的な会社ロゴとカラーを見つけて、カウンターの前にある待機ラインに並んだ。

とはいえ、私の前でカップルが一組並んでいるだけだったので、すぐにカウンター前に来ることができた。 

「飛行機に乗りたいんだが・・」 

言いながら、俺はなんて馬鹿な質問を!と思わず顔が赤くなってしまった。

しかし有能そうな女性スタッフは意に介することなく、きびきびとした口調で答えた。 

「チケットをお渡しくださいませ」 

お、おーけーと答えながら、私はカバンから取り出したチケットをスタッフに手渡した。 

「少々お待ちください」 

私からチケットを受け取ったスタッフは、手続きを始めた。

スタッフを待つ間、私はあたりを見回した。

広いフロアには国際線を乗り合わせている各航空会社のカウンターが多くある。

ANA、JAL、デルタ航空、ブリティッシュエアウェイズ、エールフランス、ルフトハンザ、KLM・・・

ほかにもアジアや南米の会社カウンターもあるのだが、自分の行く先がヨーロッパなのだろうか、不思議と欧州のエアラインに目がいってしまう。 

(さすがは国際空港。ここですでに世界が目の前広がっているじゃないか) 

感動の面持ちで、しばらく辺りをぼうっと見回していると、 

「お待たせいたしました。チケットはこちらになります」 

と、女性スタッフがチケットを渡してきた。

私はハッとして、サンクスといい、チケットを受け取った。 

「お預かりするお荷物はございませんか?」 

再びスタッフが聞いてきたので、 

「かばんをお願いしようかな」 

といい、肩にかけたバッグを手渡した。 

「かしこまりました」 

バッグを受け取って、スタッフは後ろを向いてカウンターの奥にあるカーゴにそれを置いた。 

「で、次はどうすれば?」 

「このまま保安検査場にお進みください」 

「保安検査場?」  

「はい。機内にお持ち込みできない物がございましたら、そちらでお預けくださいませ」 

(機内に持ち込めない荷物か・・) 

ふと、数年前のことを思い出した。

学生時代、北海道に旅行したときのことだ。

往路は列車でのんびり出かけたのだが、帰路は飛行機を利用することにしていた。

国内線の利用だったので、安心していたのもあったし、その時が飛行機を利用するのが初めてだったこともあってか、ポケットに普段から護身用に持ち歩いていたアーミーナイフを入れたままにしていたのだ。

ところが、それが手荷物検査で引っかってしまい、「こちらにどうぞ」と危うく別室に連れていかれそうになったのだった。

これはマズイ!と思い、とっさに機転を利かせて「こっ、これは僕専用のカスタマイズ鼻毛切りなんです!」と答えて、その場でナイフを取り出して震える手で鼻毛をカットした記憶が鮮やかに蘇った。 

(あのときは大変だった・・)

手が震えていたのでうまくカットできず、鼻の穴の縁を間違えて切りまくって血まみれになったのだ。

ブブーッと血が顔中に降りかかりながら必死に鼻毛を切ろうとする私の鬼の形相に恐れを成したのか、それとも単に哀れに思ったのか、見かねた係員が救急室に連れて行ってくれて「次からは気を付けるように」と治療しながら許してくれた、というハプニングがあったのである。 

(たぶん学生だから大目に見てくれたのだろう) 

しかし今は違う。

立派な鼻毛を生やした大人だ。 

今回は果たしてあの時のように許してもらえるだろうかと思い、ポケットの中身を思い浮かべながら、ぶるると体を震わせた。 

「お客様」 

「あっ、ああ、すまない。分かったよ。保安検査場だね」 

「はい。このまままっすぐに進まれると、ゲートがございます」 

女性スタッフは手でその方向を示した。

その先を見ると、少し遠くでそれらしい場所を示す掲示が見えた。 

「ありがとう」 

私は礼を言って、いそいそとチケットカウンターを後にした。 

(保安検査場なんて、ものものしい響きだな) 

各航空会社のカウンターの横を通り過ぎながら、ふとそんなことを思った。

単に手荷物検査でいいんじゃないかと思う。

だが昨今の情勢を考えると、それも仕方ないのかもしれない。 

(9.11テロの影響は世界規模というわけか・・) 

これからの旅のことを思って少し不安になりつつも、先ほどのスタッフの言う通りに進んでいくと、保安検査場と記されたゲートの入り口の前に着いた。 

(けっこう並んでるな) 

ゲートの中に入って、検査場のフロアにくると、すでに数十人の乗客がそれぞれの検査ゲートに前に並んでいるのが見えた。

見る限り、ゲートは5つほどあるようで、私はその中で比較的少なめの列を見つけて、最後尾に並んで検査を待つことにした。

するとそのとき。 

「ガスッ!」 

と音をたてて、自分の脇腹に何かがめり込んだ衝撃を受けた。 

「いたっ!」 

思わず手でわき腹を抑えると、 

「あら、ごめんなさい」 

すぐ前に並んでいる女性がこちらに振り向いて謝ってきた。 

「肘が当たっちゃって」 

どうやら女性が何かの拍子で私の脇腹に肘打ちしてしまったようである。 

「いや、いいんですよ」 

けっこう強めの当たりだったので、(いったいどういうつもりだ、この女は)と内心ムカッときていたのだけど、振りむいた女性がハリウッド女優なみの美女だったので、思わずにこやかに微笑んで応対してしまった。 

「私ったら、背後に人が立つと体が反応しちゃって・・・ついつい無意識に肘打ちしてしまうのよ。痛かったでしょ?」 

年は30歳を少し過ぎたあたりだろうか。

ブラット・ピットの妻アンジョリーナ・ジョリーそっくりな妖艶美女は、その表情とは裏腹な強面な言葉をニコニコ笑いながら放ってきたのだった。

私は心の中で(女ゴルゴかよ!)と突っ込みながら、 

「いえ、それほどでも」 

と、こちらも案外痛かった感覚を無理やり抑えて、とびっきりの笑顔で答えてさしあげた。 

「よかった。私の肘打ちを喰らった男性は、たいてい肋骨が折れて意識を失っちゃうのよ。あなた、案外強いのね」 

「・・・・」 

何なんだこの女は、と徐々に不気味になってきた。 

「この間なんか、電車で痴漢に遭いそうだったから、手を掴んでそのまま電車の窓から放り投げてあげたのよ。後で全然違う人だって分かって大変だったけど・・おほほ」 

私の中で緊急アラームがピコピコと鳴り始めた。 

(列よさっさと進むんだ。この女は危険な香りがする) 

前方をちらりと見たが、何か不都合があったのか、先頭の検査カウンターでは、係員と乗客があれこれ言い合いをしていて、先ほどから一歩も進んでいなかった。 

「どちらまで?」 

女性はすでに私の方にフルで振り向いて話しかけてきていた。

仕方なく会話を続けることにした。 

「ヨーロッパですよ」 

「ヨーロッパのどちら?」 

「イギリスです」 

「あらそうなの。私はパリよ。人と待ち合わせてるの」 

「そうなんですか」 

できるだけ関わり合いを持たないでおこうオーラを全力で醸し出して、言葉少な気に答えていたのだが、ジョリー似の女性は一向に気にする素振りも見せずに、次々と矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。 

「イギリスはお仕事で?」 

「いえ、単なる旅行ですよ」 

「そうなの。やっぱりロンドンで滞在とか?」 

「ええ、まあ、そのつもりです」 

「バッキンガム宮殿は良いところよ。私もよく行くの。いつ行っても心安らぐ場所だわ。あなたももちろん予定に入れてるんでしょう?」 

「・・・・」 

「で、その後はもちろん大英博物館よね。そしてその後は大英図書館。ほんと、ロンドンって歴史と文化の街だわね」

「そう・・ですね」 

「その後はやっぱり北へ?きっとそうよね。エジンバラには美しいお城があるのよ。ちょうどお祭りがある時期かしら?でもあなたは見たところ、初めての海外旅行っぽいから、一人じゃ参加は無理かもね。一人のときはね・・」 

「マダム」 

私はしびれをきらして言葉を挟んだ。 

「なにかしら」 

「申し訳ないんだが、このへんで会話を止めにしませんか?私は少々疲れているし、考え事も色々とある。それにあなたとは初対面なのだから、あまりこれ以上は突っ込んだ話はしたくないのですよ」 

「あら」 

ジョリー似の女は意外そうな顔をして私を見た。 

「初対面だなんて、そんなつれないこと言って。いい?あなたと私は前世から見えない糸でつながってるのよ?それが分からない?」 

これはますますヤバそうだと思い、私はここで一挙に事を決することにした。 

「いいかい?ちょっとジョリー似のあんた。俺とあんたは今まであったことは一度もないし、これからもそしてここから先の未来のいかなる時でも、もう二度と顔を見ることもないし、未来永劫金輪際、縁なんかミジンコの長さで生じることもないんだよ。だからもう一度言うけど、黙って前を見て列が進むのを心から祈っていてくれないか!」 

少し大きな声でそう言い放った。

すでに後ろに並んでいる乗客や、前にいる客が不審そうにこちらを見ていたが、そんなことは関係ない。 

「アンダァスターンド?」(理解したか?) 

白人風の容貌だったので、ひょっとすると日本語が片言かもしれないと思い、英語で最後を締めた。

 

「言うわね」

 

女はニヤリと笑った。

 

「え?」

 

「今まで会ったことないなんて、よくそんなこと言えたものだわ。あれだけ色々あなたの相談に乗ってあげたのも忘れて。恩知らずといったら怒るかしら?」 

微笑みながら、女はじっと私を見つめた。 

「いったい何を・・・」 

私は困惑しつつ、女の言葉を反芻した。

相談・・・

恩知らず・・・

それなら一人だけ思い当たる節がある。

だが顔がまったく違う・・

いや、それはひょっとして・・・ 

「ひょっとしてあんた」  

私はゴクリと唾を飲み込んで言った。 

 

「ニコチーナ・ジョリーか?」 

 

女は笑顔のままで少し目を光らせた。

(続く)

 

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