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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第6話「リムジンバス搭乗」

ヨーロッパ旅行小説(旅立ち編)
<前回までのあらすじ>
勤めていた会社を辞めてヨーロッパに旅立つことを決意した主人公、栗金団じゅんたろう。元秘密営業部員としての過去を捨て、世界の車窓を体験しようとするじゅんたろうに、かつての上司が放った刺客が次々と襲い掛かるのであった。

 

駅の階段を降り、改札を出てロータリーに向かった。

すでに食べきったバナナの皮をポケットにしまいこみ(サバイバル用である)、目的とする空港リムジンバスの乗り入れ場に歩いていくと、まっすぐ伸びた駅前の歩道沿いに、空港へ向かうリムジンバスの発着所が見えた。 

(ようやく着いた) 

バスの停留所にはまばらな人数しかいなかった。

券売機でバスチケットを購入し、停留所の最後列に並び、時間を待つ。 

「ブロロ」 

ものの5分もしないうちに、バスが到着した。

時計を見ると、15時30分。

自宅を出てから一時間半経っていた。  

(駅のホームで邪魔が入らなければ、もう一つ前のバスに乗れたな) 

総務部員がスパイ行為を働きかけてきたために、思わぬ時間を食ってしまっていた。

だがある意味これで良かったのかもしれない。

順調に空港に着いても2時間近く待たされる。

せっかちな自分にとって、それはかなりの苦痛に思えた。 

「チケットのご提示をお願いします」 

列が動き出し、バスのスタッフがチケットの確認を入り口で始めていた。

やがて自分の番がきて、チケットを差し出す。

特に問題はないので、残りの半券を受け取ると、肩にかけたバッグをスタッフに渡した。  

「頼むよ」 

にこりと頷くと、ポケットから心づけのチップをスタッフの胸ポケットにそっと差し入れた。 

「お客さん、困りますよ、こういうことされたら」 

初老のスタッフは、困惑した顔で胸ポケットに入った千円札を取り出した。 

「いや、いいんだ。これも練習の一つだから。海外に行ったらチップが当然なんだろう?」 

「そうかもしれませんが、ここはまだ日本ですから。とにかくこれはお返ししますよ」 

そういって、私の手に千円札を渡してきた。 

「せっかくスマートに渡せたと思ったのだが。でもそういうことなら仕方ないね」 

ぎゅっと私の手を握る手の平が温かくて、少し気持ち悪く感じたが、仕事でずいぶん汗をかいたのだろうと思い、千円札を受け取った。 

「すまなかったね、無茶振りして」 

「いえ、お気になさらず」 

スタッフは少しだけ微笑むと、後ろを向き、次の客の応対にもどっていった。

受け取った札をポケットの財布にしまいこむと、開いたバスのドアのタラップに足をかけた。 

(おや) 

中に入ると、席はそこかしらガラガラだった。

おそらく他の停留所を回ってきたのだろうが、それでもこの席の空き具合は、さすがに目立つ。

これも平日ならではといえるのだろうか。 

(ラッキーだ。空港までは30分ほどかかると書いてあったからな) 

前日にホームページで確認したときに、そう記載してあった。

もし混んでいれば、座れるかどうか分からない。

だがこれだけ空いていると、どこでも好きに座るので、ゆっくり休める。

空いた奥の席を見つけ、2列シートの窓際に座った。

自分の後方から次々と人が入ってくるかと見ていたが、まばらにしか搭乗せず、結局3分の一もいないままでバスは発車し、空港に向かうことになった。 

(・・・・) 

エンジン音が静かに鳴り響くだけの車内の中で、ぼんやりと窓の外を眺め、時折ポケットから携帯を取り出して、着信履歴やメールがないか確認したりした。 

「一件、メッセージがあります」 

留守番電話サービスの案内音声。

誰だ?と思い、メッセージを聞くと、 

「俺だ!アントニオだよ!いまどのへんにいる?すぐに電話くれよ!」 

という内容だった。 

(アントニオのやつ、この段階で何を話すつもりだよ・・) 

昨晩の電話で夕方ごろに海外に出ることを伝えておいたはずなのに、あえてこのタイミングでかけてくるということは、よほどの緊急事態らしい。

私は着信履歴でアントニオの番号を押した。 

「はいはい!アントニオだけど!おっ!栗金団か!ちょうどよかった!今どこだ?」 

すぐにやつの無駄に元気な声が鳴り響いてきた。 

「おい、もう少し声を落としてくれないか?いま空港に行くリムジンバスの中なんだよ」 

静かすぎる車内でアントニオの声が鳴り響ていたのだ。 

「おお悪い悪い!そうか、お前、まだ空港に向かってるのか!それなら仕方ないなあ」 

「なんの話だ?」 

「うまくいけばあっちで飯でも食おうかと思ってさ」 

えっ?と驚いた声をあげた。 

「お前も行くのか?というか、ひょっとして一緒に行くつもりだったのか?」 

「はっ!そんなわけないだろ!なんで野郎と二人で移動しなきゃいけないんだよ!」 

「じゃあなんだい?」 

「あのな、俺はもうヨーロッパに到着してるわけ」 

「えっ?」 

再び驚きの声をあげた。 

「もう着いてるのか?」 

「つい先ほど」 

「直行便でも使ったのか?」 

「ちょっと違うけどよ、ま、そんなところさ」 

「なんだ、その少し違うって。で、いまどこよ?」 

「ローマ」 

「なにぃ?」  

「ふふふ。そんなに驚くなよ。とりあえずローマについてるから、お前がこっちについてりゃ、どっかで落ち合うかと思っててさ。たしかイギリスに向かってるんだろ?」 

前の晩に少しだけ旅のルートを明かしていた。 

「そうだ。18時30分のフライトで日本を発って、21時ごろに香港着、そこで3時間ほどステイして、ヒースローに着くのが翌日の昼過ぎってとこだ」 

「イギリスにはずっといるのか?」 

「いやたぶん、じきにヨーロッパに向かうと思う。だがいつになるかは決めてない」 

「じゃあ、こうしよう。1週間後の12時にブリュッセルで待ち合わせるってのはどうだ?」 

「お前、女と一緒じゃないのか」 

「一緒さ。だが、ちょっとした話があってな。どうだ?イクセルは?ムール貝が上手い店だから、お前も味わえよ。俺がおごってやるから」 

「なんのことか分からんが、おごってくれるというなら、行かないわけにはいかないな。ただ確実にその日にその場所にいけるっていう、確証はない。なにせ今回の旅は行き当たりばったりだからな」 

「最初の宿は決まってるのか?」 

「一応は。旅行代理店で初日だけ宿を予約してもらった」 

「どんなところだ?」 

「パディントンにある結構いいホテルらしい。個室でルームサービス付き、ベッドもシモンズ社製だぜ?いいだろう?」 

「ふうん、いいとこ取れたじゃないか」 

「まあな。俺は今年で29歳になるんだから、それなりの場所に泊まらないといけないと思ってさ。安い宿で20そこらの学生と一緒に過ごせるかってんだ」 

「ヨーロッパの学生はけっこう年齢層が幅広いからな。30過ぎくらいならざらで見かけるよ。お前、見た目が若いから、通用するぜ。俺は顔が濃いから年相応だな」 

「ははは、通称ラテンの山賊だからな。並んだらとても俺と同い年には見えんよ」 

「それだけフェロモンがムンムンてことさ。じゃあ、ブリュッセルについたら連絡くれや」 

「保証はできないよ。予定はまったく未定なんで」 

「気長に待つぜ」 

「じゃあな。そのときに」 

ガチャリ、と電話が切れた。 

(1週間後か・・・たぶんまだイギリスだろうな) 

携帯をポケットにしまいながら、今後の予定を反芻した。

予定では2週間をイギリスで過ごし、残りの2週間を北ヨーロッパで過ごして、あとは自由気ままに南へ東へと向かう旅を想像していた。

ただアントニオがすでにローマに入ってるというのなら、その足でイタリアをめぐっても面白そうだ。

ふと窓の外を見ると、空港のエントランスが目の前に近づいていた。 

「到着しました」 

運転手からのアナウンスが入り、下車の準備をうながされた。

予想外に早い到着だったのか、それともアントニオからの電話が時間の流れを早めたのか。

立ちあがり、バスの通路を歩いて、タラップを降りた。

バスのサイドから荷物を下ろすスタッフがいて、私は自分のバッグを受け取った。 

「よい旅を」 

バッグを渡してきたスタッフが声をかけてきた。 

「ありがとう」 

そう答えてスタッフの顔を見た。 

(ん?) 

見覚えがある。

どこかで見た顔。

しかしすぐには思い出せなかった。 

(まあいいか) 

受け取ったバッグを肩にかけると、空港のエントランスに向かった。

ふと何気なく振り返ると、バスのそばで乗客に荷物を渡しているスタッフの一人がじっとこちらを見ているのに気付いた。

さきほどの男だった。 

(最初に駅の停留所で見たスタッフと同じやつ) 

駅の停留所でバッグを受け取った初老の男。

同じバスに乗り込んでいたのか。

そんなはずはない。

普通は停留所ごとにスタッフが常駐しているはずなのだ。 

(あやしいな) 

どうも何かが匂う。

そう。

課長の匂いが・・・ 

(まあいい) 

なるようになる。

それが人生だ。 

(旅が面白くなりそうな予感がするぜ) 

空港のほうに顔を戻した。

ガラスに映る青空がまぶしかった。(続く)

 

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