読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第4話「旅立ちの直前」

ヨーロッパ旅行小説(旅立ち編)
<前回までのあらすじ> 
世界の車窓に憧れて、ヨーロッパに旅立つことを決意した主人公、栗金団じゅんたろう。ようやく空港に向かうことになったじゅんたろうに、予想外の出来事が起こりつつあった。

 

歯を磨き、パンをかじりながら、ホットコーヒーをググッとあおった。 

(同時にすべてのことをできるようにしとかんと、旅先では困ることになるやもしれんからな) 

そう思い、退職してからの二週間を、事前に入念にそして周到に組み立てた行動プランを体に定着させるための時間としてフルに活用していた。

この歯磨きウィズ食事によって得られる効果は、単に時間の短縮というだけではなくて、行動の集約化に伴う思考形式の簡素化にもつながるという利点もあったのだ。 

(考えて次の行動に移るのではなく、行動することで考えがついてくるようにしなければならない) 

いつ何がおこるかもしれない海外での突発事態に瞬時に対応できるよう、体と心が一体化するように練っておく必要があった。 

(欠点は虫歯になりやすい、ということかな?) 

いかんせん、食べながら磨くのだから、歯を磨く意味がないともいえる。

だが、そこも工夫一つで一定の効果は得られるのだ。

食べながら、咀嚼に使った歯を瞬時に選んで歯ブラシをもっていくピンポイント技術、磨いた歯に食べ物が当たらないようにするマウスウェービング訓練、口に含んだコーヒーの半分をうがいに、残り半分を飲用に使い分けるマウスインナーマッスルの鍛錬・・・ 

(探せばいくらでも見つかるさ・・鍛えるべき場所は) 

ゴボゴボ、とコーヒーでうがいをしながら、キッチンの流しに黒い洗口液を捨てた。 

「アウチ!今回は失敗だな。全部捨ててしまったよ」 

吐いたコーヒーを水道で流しながら、テーブルの上のタオルをとって、口の周りを拭いた。 

(さてと・・) 

ちらりと時計を見た。 

時計の針は14時を示していた。 

(そろそろ時間かな) 

予定しているフライト時刻は18時30分。

自宅から空港までは一時間ちょっとで行ける。 

(電車に乗り、駅に到着して、空港バスに乗り込む。そこで日本での生活はいったん終了だ) 

実は今回の旅で密かに計画していることがあった。

それは”ヨーロッパの鉄道を全て乗り切る”ことである。 

(世界の車窓に憧れているのだから、せめて欧州の鉄道ぐらいはクリアしておかないと、いっぱしの世界の車窓ファンとはいえないから) 

別に全部の鉄道を乗り切る必要もないのだが、どうせ行くのなら、出来る限りの列車に乗って、いろいろな景色を見てみたいと思っていた。 

(それに可能なら、あちらで仕事を見つけて暮らすのも悪くないな。もしくは何か飯の種を見つけてくるのも) 

想像するだけで、笑みが浮かんできた。

そのことで少し思い出すことがある。 

退職した翌日に、職場の同僚から連絡があって「送別会を開くからぜひ」と言われて、その日の夜に職場近くの居酒屋で集まったのだった。

メンバーは同じ部課の仲間たちがほとんどだったが、ほかにも別の課で親しかった人間や、なぜか秘書課の女性が数人いて、我ながら自分の人望と男前の厚さに「うふふ」と微笑んだものである。(後日この女性たちの大半は飲み代をタダにするので、賑やかしに来てくれと頼まれていたらしいことが判明) 

「なあ、栗金団、おまえ、辞めてから海外で何をするんだ?」 

飲み会が進むにつれて、お決まりのセリフが同僚たちの数人の口から飛び出した。

それに対して、 

「なあに、ちょっとした気分転換さ。帰ってきたらまた就職活動をしないとなあ」 

とテンプレな返答をしていたのだが、秘書課イチの美人社員の児玉さんが私の隣に座って、 

「ねえ、栗金団さん、実はヨーロッパで何かお仕事するんでしょう?もう決まってるから、あちらに移り住むってことでしょう?」 

と、耳元に熱い吐息をかけられながら話しかけてきたので、私は思わず興奮して、 

「皆に秘密にしてることなんだけど、実はそうなんだよ。ヨーロッパ支社の連中から話があって、それはやはり義理に欠けるからと言っていったんは断ったんだけど、やっぱりどうしてもって言われたんで、関連会社の係長職に内定が決まってるんだよ。自宅も決まっててね、スイスのレマン湖のほとりに新築のオシャレな一軒家を購入したので、よかったらいつでも遊びに来なよ」 

と嘘八百を並べ立てて差し上げたのである。

すると児玉さんは「わぁ素敵ぃ!」と言って、私の肩に手をかけてきたのだが、当然その手をするりと交わして私は黙々と飲み続けたのだった。 

(というのも) 

海外用のズボンにはきかえながら、当時の飲み会の情景を思い浮かべた。 

(児玉さんを差し向けたのは、あの課長だということは重々承知していたからだ) 

課長とは、この物語の一話目に出てきた私の直属の上司にあたる男で、社内のカフェテリアの女主人を愛人に囲う、下劣な最低野郎のことである。 

(それも抜群に頭が切れる最低野郎だった) 

仲間内の一握りで共有していた情報というか、推測なのだが、どうもあの課長は組織の幹部、それもトップの座を密かに目指しているらしく、とても今のポストに満足しきれない玉だったらしい。

ただ一社員からのし上がってきただけに、仕事の実力は抜群なのだが(人柄は最低だが)、縁故やコネと言ったバックグランドがまるでないために、普通にいけば部長クラスが関の山だと言われていた。

そこで課長が考えたのが、ハニートラップ網だ。

社内でも指折りの美人が集まる秘書課を筆頭に、総務、営業、企画、経理にいたるまで、ありとあらゆる女性社員を狙い撃ちして、金品のやり取りや愛人関係を通じて篭絡し、社の幹部連中の情報を集めさせて、そこで集めた情報を基に、幹部の秘密を握り、いざという時の交渉のネタにしようと企んでるのではないかというのが、我々の見立てだった。 

(あのカフェテリアの女主人もその一人だ) 

課長の悪口を言って彼女の不興を買ったが、そもそもは人の良い姉御肌の女マスターだったのだ。

それがいつの日か課長と関係を持つようになって、カフェテリアに集まる社内の情報を漏らすようになり、気が付けば課長の女スパイとして社の裏社会を差配する存在になっていた。 

(そしてあの児玉さんも、その一人だという) 

送別会の夜に熱い吐息で私の耳元にささやきかけきた彼女も、我々仲間内の情報網ではすでに課長の一派だということがキャッチされていたので、このときも適当に流すことに躊躇はなかった。 

「つれないのね、もう」 

といって、児玉さんは頬をプクーッと膨らまして、グラスの縁に可愛く口をつけた。

普通の男ならここでまず間違いなく「こっ、児玉さん」と口説きにかかるレベルの状況なのだが、そこはハードボイルドな世界の車窓ファンを自認する私を舐めないでもらいたい。 

「この続きは、ぜひレマン湖の我が家で」 

と言って、ウィンクをかます余裕すら見せる自分がこれほど憎らしいと思ったことは今までない。 

(問題は、なぜ退職が決まった俺に課長がスパイ行為を仕掛けたのかということだ) 

考えながら、荷物が詰まったカバンを肩にかけ、家の扉をカギで締めた。

その足で駅に向かい、徒歩で約15分ほどの距離にある駅の改札を通り抜け、電車に乗り込んだ。

平日の昼間の車内は閑散としていて、朝のラッシュアワーとは大違いの情景だ。

最寄駅から5つ先の駅が空港バスの発着所だったため、私は立って窓の外を眺めることにした。 

(この景色もしばらくは見れなくなるな) 

動き出した電車の向こう側に移る風景は、いつもの見慣れた変哲もない日常の姿だった。

日ごろは喧騒に包まれた街の景色も、時とそこにいる人が異なれば、まるで違ったものに見える。

それは電車の車窓だけではなく、人の普段の営みにも同じことが当てはまるのではないだろうか。 

(つまり、課長は自分の企みを俺が辞めて自由になった外部からチクると疑ってるんだろう) 

車窓を眺めながら、ふとそんな結論にたどり着いた。 

(なぜなら、やつが企んでるのは単なる出世ではなく、会社そのものの乗っ取りだからだ) 

3つ目の駅を通り過ぎた。

ここから先はあまり行ったことがない。 

(それもこれも、俺の属した会社が普通でないところが原因かな。情報・・それも諜報という世界にはつきものの後腐れ、というやつか) 

車窓の向こう側に流れるビルやマンションのこちら側、つまりは車内の後方に、私をじっと見つめる数人の男の姿がうっすらと写り込んでいるのが見えた。

私はフゥとため息をつくと、再び視線を車窓の外に向けた。 

「~駅、~駅です」 

アナウンスが流れ、目的の駅に到着したことが告げられた。

ドアが開き、駅のホームが目の前に広がった。

ここも人が少なく、まばらにしか電車を待つ乗客の数はなかった。

私は荷物を肩にかけ、空いた扉の外に降りた。 

(いつまでついてくるのか・・) 

ちらりと後ろを振り返ると、ホームのベンチに車内にいた男が座っているのが見えた。

ほかにも数人、距離を置いて手持無沙汰に何かをしている。

一見、それぞれ無関係に見えるが、皆こちらに全神経を貼り付かせているのが、その独特の雰囲気で分かった。

私は首を振ると、あきらめモードでそのうちの一人のほう、ベンチに座る男の方向に向かった。

鼠色のスーツを着たその30代前半の一見ごくごく普通のビジネスマンに見える男は、明らかに私の歩く方向が自分のほうだと知って狼狽している様子だった。 

「所属は?総務部か?それとも営業部か?」 

一つ注意しておくべき点がある。

私の属した会社では、あくまで一般企業のカバーリングするために、社の部課名はすべて普通の会社のそれと同じものにしていたのだ。

だがその実中身は違う。

総務はおよぼ内部のことを差配する役割があり、営業は外部の情報を差配する任務を任されていた。

突然の私の来訪と問いかけに狼狽の色を隠せないものの、それでも余裕たっぷりな表情を顔面に無理やり張り付かせながら、「総務部だ」と答えた。 

「なら話は早い。総務部の任務は情報漏えいしそうな会社内部の人物をマークすることだろう?俺はすでに社の人間ではない。ただの風来坊だよ。だからいい加減、そういうのはもうやめてくれないか」 

「あいにく上からの命令でね。あんたを空港まで監視するよう言われてる」 

「監視?なぜ?」 

ようやく気分がほぐれてきのか、男は周囲に集まろうとしていた他の男たちを目で制止しながら、笑顔で私の問いに答えた。 

「さあね。それはあんたの胸に手を当てて聴くのが一番早いんじゃないか?」 

「どういうことだ?」 

「まだ分からないのか?あんたは自分では社を辞めたつもりかもしれないが、こちら側はそう思ってないってことだ。それにこの世界では引退という言葉は存在しないのはご存知だろう?」 

「・・・・」

 私が無言でいると、男はさらにかさになって言葉を重ねてきた。 

「聞いてるよ。世界の車窓だって?笑わせるぜ、まったく。そんな理由であの課長を怒らせたってわけか!」 

男はハハハと笑ったが、私はその言葉の背後にある意味を一瞬で理解した。

 

「つまりあんたらは、課長の指図で俺を付け回してるってことだな。会社の経費を使って」

 

その言葉で男はハッという顔をした。 

「そのことは会社の上の連中は知らんわけだ。そりゃあそうだな。俺はちゃんと上の方には仁義を切ったし、本社の方にも根回ししたよ。つまり俺が辞めて困るのは会社のほうじゃなくて、課長のほうだってことだ。そしてその課長とつるんでるあんたらは、その課長の命令で、会社の経費を勝手に使って、辞めた人間を追い回してスパイ気取りをしてるバカどもってことになるな」 

「なっ、なにを言ってやがる!!」 

顔を真っ青にした男はベンチから立ち上がろうとしたが、私は人差し指でそのむき出しのおでこをピシッと抑えた。 

「あっ、あっ」 

男の身体は再びベンチに戻った。(続く)

 

次回の話&登場人物

europetravel.hateblo.jp

europetravel.hateblo.jp