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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第3話「旅の朝」

ヨーロッパ旅行小説(旅立ち編)
<前回までのあらすじ>
世界の車窓に憧れて、ヨーロッパに旅立つことを決意した主人公、栗金団じゅんたろう。課長、その愛人、そして元同僚のアントニオとのやり取りを経て、ようやく眠りについたのだった。

  

翌日、目覚めると、いつもとは違う解放感に満たされていた。 

「ふーう」 

伸びをして、朝の気持ちよい空気を目いっぱい肺の中に吸い込む。

たちまち体の中から元気があふれてきたような気分になった。 

「よおし!」 

ガバッと布団を押しのけて立ち上がると、恒例のラジオ体操第二を始めた。

ラジオ体操第二は子供の頃から欠かすことなく続けてきた日課の一つで、いわばイチローのストレッチと同じレベルであった。

いまここでイチローと同じレベルと聞いて、眉をひそめた人は、私の体操の動きの何たるかを知らない「じゅんたろうモグリ」な方々であろう。

そう。

私が体操するときの手の角度、足の延ばし具合、背筋の決め具合など、どれをとっても美しく、そして完璧なまでに制御されていたのである。 

「いっち、にい」 

そろそろ体操も佳境に入ろうとしたとき、突然、電話がプルルと鳴った。 

「ん?またアントニオか?」 

昨晩のことを思い出し、受話器とると、 

「おいアントニオ!何度も言ってるだろう!俺は六本木なんか行かないって!」 

「・・・H・I・Sですが、栗金団さんのお宅・・ですか?」 

「H・I・S?」 

一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに記憶を取り戻して、「あああ!あの旅行会社の、はいはい!」と答えた。

H・I・Sとは、大手格安旅行代理店のことで、昨日仕事を退職した帰路に立ち寄って、ヨーロッパ旅行のプランを相談して、そのまま飛行機のチケットやホテルの予約なども一気に済ませていたことを思い出した。 

「はっ、はい。昨日承りました旅行プランのことですが、お客様のユーレイルパスとブリットレイルパスのチケットが取得できましたので、その旨をご連絡させてもらいました。そのほかご確認させて頂きたいことがございますが・・ただいま、お時間よろしいでしょうか?」 

先ほど怒鳴ったことで驚いたのか、電話の向こう側の旅行会社女性社員は、おそるおそるという感じで、丁寧かつ慎重に私に話しかけてきた。 

「もちろん」 

「はい。それでは・・」 

要は私が今回利用する航空会社の件だった。

お世辞にもお金をたくさん持ってるとはいいがたい素浪人の身だったので、日本からヨーロッパへは価格の高い直行便ではなく、他都市の空港を経由してフライㇳするエコノミー系の航空会社を希望していたのだ。

その中でも最もサービスが良いと言われた(2003年当時)シンガポール航空を特に希望していたので、それに関する結果報告のようだった。 

「・・ということですので、お客様のご予定される日程では、シンガポール航空のチケットは現況、空きがない状態でして・・・ですが、キャセイパシフィック航空でしたら、ちょうど座席に余裕がございますので、もしよろしければ、こちらの航空会社のほうでお話を勧めさせていただこうと思いますが、如何いたしましょう?」 

私の価値基準は一つだった。 

「キャセイなんちゃらは、シンガポール航空より機内食はうまいのかい?」 

「もちろんでございます。現況アジアの航空便の中では一、二を争うサービスのクオリティを誇ってございます。よろしければ機内食のお写真などをご自宅のFAXにお送りいたしましょうか?私が個人的に撮ったものになりますが・・」 

「それでお願いするよ」 

私は頷き、少し待った。

すると手元のFAXにガガガと写真らしき印刷物が排出されてきた。

どれどれ、と紙を取って見てみると、なかなかのものが並べられていた。 

「いいじゃない。これなら十分満足だな」 

「お食事だけではございません。キャセイパシフィックのフライトですと、経由地は香港になりますが、そこでの滞在時間は3時間程度で済みます。シンガポール航空の場合はシンガポール空港で一日近く待たないといけないため、お時間のほうでもメリットはあるかと存じます」 

「それは助かるな。今回は別にアジアを旅行するわけではないし、私も旅慣れた人間じゃないから、経由地で過ごす時間はできるだけ短いのにこしたことはないからね」 

「ではこちらで」 

「よろしく頼みます」 

「承知いたしました」 

ところで、と私は最後に付け加えた。 

「なんでございましょう?」 

「手元のパンフには、最初の宿はそちらで予約してもらえると書いているのだけど、それもいけるのかな?」 

「もちろんです。どのようなタイプの宿をお望みで?」 

「個室で、できれば安い方が。あと朝食はついているほうがいいね。ルームサービス込みで初日だからちょいと豪勢なイングリッシュブレックファーストだとなおいい。あとベッドはセミダブルでシモンズ、枕もとに読書用の小さいライトがあるこじゃれた部屋を。どう?こんな感じは?」 

「承知いたしました」 

「あるの?そういう宿は?」 

「ございます。ぴったりのお部屋をご用意いたしました。初日ということで、こちらからご予約を取らせて頂きましたので、こちらの番号をお控えになって、当日ホテルの受付でおっしゃってくださいませ」 

おおおと私は感動した。

「あの条件でいきなりゲットできるとは!さすがは天下のHIGさんだ。仕事が完璧すぎる」 

「ありがとうございます。お値段のほうは今回の旅行代金に追加加算させて頂きますので、また後程ご確認くださいませ」 

「了解です。いろいろとありがとう。これで楽しい旅ができそうだよ」 

「どうか良い旅をお祈りしております」 

「ありがとう。また何かあれば連絡するよ」 

そういって会話を終えて受話器を下した。 

(あれこそプロフェッショナルというものだ) 

しばし先ほどの営業社員の言葉を頭の中で反芻した。 

(言葉遣い、息遣い、客に対する距離感、そして真摯で誠実な仕事ぶり・・すべては完璧な対応だった。俺も見習いたいものだ。いつか社会人に戻った時に) 

立ち上がって、肩を回した。 

(初日から希望通りの宿に泊まれるとは・・今回の初海外旅は素敵なものになりそうだ) 

ふんふんと鼻歌を歌いながら、洗面所に歩いていった。(続く)

 

補足

文中のH.I.Sさんとの電話のやりとりは完全にフィクションです。

実際の旅の予約のやり取りは、全て店頭で行いました。

担当の方も親切で、全て問題なくスムースに済ませることができたことを、ここに記しておきます。

 

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