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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第2話「旅の前兆」

<前回までのあらすじ>
 世界の車窓に憧れ、ヨーロッパに旅立つことを決意した、元秘密営業部員の栗金団じゅんたろう。上司の制止を振り切り、カフェテリアの女主人と接触する。そこでも妨害に似た行動にあったじゅんたろうはついに・・

  

結局、私はアイスコーヒー10杯分の代金3500円を支払うことになり、黙ってレジでお金を女主人に渡してカフェテリアを後にしていたのだった。 

(うかつだった・・・あの女主人が課長の愛人だったことをすっかり忘れていたとは・・) 

最初は上機嫌で私の応対をしてくれた女主人も、私の課長への罵詈雑言(私の中では真実なのだが・・)が続くにつれ、冷たい視線を棘のように含ませる笑顔を見せつつ、最後はテーブルが振動するくらいにドンッ!とグラスを置いてきたときの憤怒のような表情がわずかに記憶の端に残る。

もっと早くにその顔色の変化に気づいて早々と席を立つべきだった・・・と今更遅い後悔を滲ませてみた。 

(あの様子なら、課長に相当ぞっこんだな) 

妻子ある課長の不倫も相当問題なのだが、カフェテリアで女主人が客に話す大胆不敵な愛人自慢も以前から課でも問題になっていたので、おそらく略奪婚を画策しているのだろうと思われた。それにしても恐ろしい話である。 

「男女の間柄ってやつは・・」 

自分ではあまり経験したことのない感情だったので、なおさら想像が膨らんで恐ろしい気持ちが先立ってきた。

これではいけない、このままでは課長の家族も、あの愛すべき人柄の女主人でさえも、皆ダメになってしまう・・その前に何か手を打たないと・・

私はさっそく家に帰って、課長の自宅への書をしたためることにした。

 

(奥様へ。ご主人は私の上司であり、大変お世話になっているのですが、今回その大恩ある方への思いを封じて心を鬼にしてお伝えしなければならないことがあります・・)

 

その夜、テーブルに向かって筆ペンで直筆の書をしたためているとき、プルルルと電話が鳴った。 

(誰だ?こんな時間に) 

時計を見ると、すでに夜の2時である。

職場を辞めて自由人になったとはいえ、まだ友人知人には誰にも仕事を辞めたことは言っていないのだ。 

「はい、栗金団です」 

受話器を取ると、聞きなれた声が大きく響いた。 

「よう、栗金団、やめたんだって?」 

この声。

そう、それはあの男。 

「なんだ、お前か」 

耳慣れたその声にちょっと安心し、少し大声で言葉を返した。 

「いったい何の用だ?アントニオ!もう夜中の2時だぞ!」 

アントニオとは私の勤めていた組織の元同僚だった男のあだ名である。

本名は山本安敦。

名前の安敦をとって、皆でアントニオと呼んでいた。

組織を辞めてからIT関連の会社を設立したとかの噂は聞いていたが、はっきりとした消息は分からなかった。

だが在職時は不思議と縁とウマがあって、やつが退職する前後までは、なにかと連絡は取りあっていたのだ。

しかしそれも半年ぶりのことだった。 

「いやあさあ、ついにお前も俺と同じ自由人になったんだと思うと、嬉しくなってねえ!今、六本木で飲んでるんだけど、お前も来いよ!楽しいぜ!」 

背後で女性の笑い声が聞こえてくる。生粋の女好きの奴のことだから、女友達か水商売関係の女性たちだろう。 

「ばかいえ。俺はもう寝るところさ。それよりお前、誰に聞いたんだ?俺が辞めたって。今日退職届出してきたばかりだぜ?」 

アントニオには不思議なところがあって、いつも誰も知らないはずの情報をつかんでくる。

明るく屈託のない性格のために周りに情報が自然と集まってくるのか、それとも、実は意外に執念深い性格が奴をして周りの情勢に敏感にさせるのか・・・

 

「なあに、マドモアゼルに聞いたんだよ」

 

「マドモアゼル?カフェテリアの女主人のことか?」 

驚いてそう訊ねると、受話器の向こうでクックッと笑いながら「ああそうだよ」と答えた。 

「おまえ、マドモアゼルとも連絡を取り合う仲だったのか」 

「俺を誰だと思ってるんだ?街のインテリジェンスマスターといえば、俺のことに決まってるじゃないか!」 

がハハー!と大笑いする声が響いた。

少しいらついて、いいから、なんといってたんだ?と聞き直した。 

「お前、そうとう、おっさん(課長)の悪口を言ったらしいな。彼女、さすがに気を悪くしていたぜ」 

「仕方ないだろう。話の流れでそうなったんだ。それにあれは本当にそう思ってたことだし」 

「いくらお前が正直でも、おっさんの愛人の前で言うことじゃないだろうに。でも安心しな。マドモアゼルはお前に冷たい態度をとったことを謝りたいらしくて、俺に連絡をよこしてきたみたいなんだよな。代わりに謝っといてくれってさ」 

ほう、と私はつぶやいた。 

「そういうわけでさ、電話したのは、そういう理由さ。それより、おまえ、本当に来ないのか?」 

相変わらず背後でガヤガヤと人の声が聞こえていた。 

「ああ、やめとくよ。今からやることが山ほどあるから」 

「オーライ。じゃあ切るわ。おっと、大事なことを聞き忘れてた。栗金団、お前、辞めて何するんだ?」 

「ああ。旅に出ようと思ってる」 

「旅ぃ?いったいどこへ?」 

「まだはっきりとは決めてないが・・・たぶんヨーロッパかな」 

「ヨーロッパねぇ・・・ふん。なんだか面白そうだな。俺も行ってみようか」 

おいおい待てよ、と私はあわてて言った。 

「ついてくるなよ!俺は一人で旅立つつもりなんだから。車窓を見て思いにふけりながら旅情を感じるんだよ。それがお前みたいなミーハーなやつが横にいると、騒々しくてかなわない!」 

「誰もお前と一緒に行くとは言ってないだろう?女と行くのさ。で、それで、たった一人寂しく旅をしているお前を現地で見つけて、からかってやろうかと思ってるのよ」

 グフフフと意地悪そうに笑うと、アントニオは「じゃあな!」と言って、一方的に電話を切った。 

「相変わらず、唐突な奴だな・・・まあでもマドモアゼルのことは助かったかもしれない」 

目の前にあった上司の自宅への手紙をビリリと破ると、そのままそばにあったゴミ箱に捨てた。(続く)

 

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