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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第1話「旅の始まりのきっかけ」

いつに日か旅にでたいと思っていた。

それも日本ではない、どこか遠くの国に。

忙しい日常から離れて、まるで異なる文化や言葉の飛び交う国に行き、そこで様々な人と出会い、語り、そして別れる。

そんな旅をしたいと思っていた・・・

 

というわけでもない

 

実は旅に行きたいという理由の最も大きなものは、しごく単純なものなのである。

それは、

 

世界の車窓から

 

を見て憧れて「俺も世界の車窓を見てみたいっち!」という、けっこうミーハーな理由からであった。

「世界の車窓から」を知らない人は旅好きならまずはいないと思うが、旅好きでない人には未知の番組かと思うので、一応下記に概要を記しておこう。

 

テレビ朝日系列局・BS朝日ほかで1987年6月1日から放送されている。

世界各地の鉄道の車窓から見える美しい景色や、その沿線の名所、観光地などを音楽に乗せて紹介する。また、列車内の乗客、乗務員、あるいは駅構内の様子を映し出すこともある。放送時間が短く、ひとつの国を1ヶ月 - 3ヶ月ほどかけて紹介する。(世界の車窓から - Wikipediaより)

 

ちなみにホームページはこちらだ。

 

www.tv-asahi.co.jp

 

放映時間わずか5分という驚異的に短い時間のなかで、世界各地の列車の車内や窓から見た景色の魅力をあますところなく見せるという、旅好きには実にたまらなく旅情を催させる素敵な番組だった。 

(俺もああいう旅をしたいぜ・・) 

毎回この番組を見るたびに、そう思い、それは仕事中でも食事中でも、トイレ休憩の個室の中でも、ましてや家に帰ってベッドに着く夜半でさえも、頭の中では車窓の縁にひじをかけて心地よい風に頬を撫でられながら、流れゆく窓の外を眺める自分の姿があったのだ。

そしてその思いは日増しに膨らんでいき、ついにある日、 

「辞めますわ!!」 

バーン!と上司の机の上に退職届を叩きつける決定的な瞬間に至るまでになったのである。 

「く、栗金団くん、いきなりそんなことを言われても困るのだが・・」 

あたふたとしながらずり落ちそうになるメガネを必死で抑えて、上司は私を留めに入った。ちなみに栗金団という苗字は仮名である。(たぶん最後までこの名前でいく) 

「いえ、課長。もう決めたことですから。男が一度決めたことは最後まで貫くというのが私の人生スタイルですから!」 

有無を言わせぬ口調で上司の慰留を振り切ると、ごめんなすって!と叫びながら、私はタタタッと在籍していた課の部屋を突っ切り、そのままエレベーターに乗って、5階のボタンを押したのだった。 

「チーン」 

扉が開き、カフェテリアのエントランスが目の前にあった。私はそのままエントランスの扉を開けて中に入り、奥にあるカフェのバーチェアに座った。 

「いらっしゃいませ。あれ?栗金団くんじゃない?勤務時間なのにいいの?」 

カフェの女主人で、皆からは「マドモアゼルしんこ」と呼ばれている40過ぎの麗しき貴婦人で本名「真行寺雪子」は、水をテーブルに置きながら、不思議そうな顔をして訊ねてきた。 

「いやなに。今日限りで仕事を辞めることにしたので、その前祝という感じでここに勝手に来たんですよ」

 「辞めるの?なんで?なにかあったの?」 

「世界の車窓からを見て感銘を受けたんですよ。こんなことをしていてはいけない、俺もあの列車に乗って、美しいヨーロッパの車窓を眺めて心をきれいに洗うんだって。前からずっと思ってたんですけど、昨日の放送でチューリヒの車窓を見て、もういてもいられなくなりましてね。それで今日、課長に辞表を叩きつけてきたんですよ」 

へーえ、と感心そうな声を上げて、女主人は私の顔をまじまじと見た。 

「まあいつかはそんなことになるかと思ってたけどね。見た目に寄らず、意外と突発的なところがあるから、栗金団くんは。でも普段は静かなあなたがそんなことをするぐらいだから、よっぽどその風景が良かったんでしょうね」

 

そういいながら、女主人は注文を聞いてきた。

私はアイスコーヒーを頼んだ。

カウンターの奥にある冷蔵庫からアイスコーヒーのパックを取り出すと、テーブルに置いたグラスに注いでいった。

 

「それで?課長はなんていったの?」 

「もちろん承知しませんでしたよ。いきなりでしたから。それも今日辞めるっていうんだから、引き継ぎもあったもんじゃない。でも関係ありません。この僕が辞めるといえば、たとえ天地が裂けたって辞めるんですよ。ましてやあの課長ですからね」 

テーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスを手に取ると、ググッとあおった。 

「ふう、相変わらずうまいな、マドモアゼルの入れたコーヒーは。コクとうまみが違う。キリマンジャロ?それともイパネマ農園?」

 

「ただの業務用アイスコーヒーよ。UCCね」

 

上島珈琲か・・とつぶやくと、私は最後まで飲み干した。 

「あなたも大変だったでしょう?あの課長さん、仕事には厳しい人みたいだから」 

飲み干したグラスをそっと取ると、マドモアゼルは再びアイスコーヒーのパックからトクトクと音を立てて注ぎ込んだ。 

「まあね。厳しいだけならいいんですけど、ユニバース(宇宙)レベルの無茶ぶりで有名な人でしたから。それに口がハンパなく臭いから、近づくのも嫌だったんです。本音のところはね。仕事だから仕方ないと思って我慢してましたけど。でも今日限りでそんな日々ともおさらばだ。今日このコーヒーを飲んで、真行寺さんと話して、そして席を立って、あのエレベーターに乗ってビルを後にしたら、もう二度と戻ってこないでしょう。これで最後です。今までありがとう。」 

ペコリと頭を下げた。マドモアゼルはそれには答えず、はいどうぞ、といって、コーヒーを注いだグラスを私の手元に置いた。

 

「好きなだけ飲むといいわ」

 

じっと私の眼を見つめてきた。

私は再びありがとう、といって、グラスに口をつけた。

そしてそれを飲み干すと、再びマドモアゼルが待っていたかのように、グラスを取って、またパックからコーヒーを注ぐのが見えた。

「・・・・」 

「でもねえ、みんなそういうけど、あの課長さんも、けっこういい人だったのよ。ここにもよく来て頂いて、いろいろとお話しすることもあるんだけど、いろいろと苦労なさってるみたいだし」 

言いながら、どうぞ、といって、コーヒーがなみなみと注がれたグラスを私のほうに置いた。 

「いただきます」 

黒くて濃い液体をごくごくと飲み干した。アイスブラックコーヒーは私の大好物なので、いくら飲んでも足りるということはない。

ましてやこの店のコーヒーは上島珈琲とはいえ、適度に冷やされたグラスに絶妙な温度調節で冷やされた冷蔵庫の中で冷やされたアイスコーヒーなのだから。 

「そう思わない?」 

マドモアゼルがそう訊ねてきたので、私はグラスをテーブルに置くと、そうですねえ、と口を濁した。 

「あら、意外に手厳しいわね」

 「真行寺さんは知らないんですよ。職場の課長の無茶ぶりを。右といったら次の瞬間左なんですから。それも指摘されたら後でネチネチと仕返ししてきますしね。手の付けようがない。それに繰り返すようですけど、口がハンパなく臭いだけじゃなくて、腋も匂うんです。あれはワキガですね。もうダブルで限界でしたから」

珈琲のカフェインのせいだろうか、気が付くと普段より饒舌になった私は、今までの不満を一気に口にしていた。

それもこのカフェの女主人の話しかけやすい雰囲気、なんでも相談できる気さくで姉御肌な空気感がそうさせるのだろう。

同じ理由で、ほかの多くの職員がこのカフェの常連になって、彼女にいろんな相談をしているとも聞いていた。

かくいう私もその一人だった。 

「そう」 

マドモアゼルはそれだけ言うと、再び私の空になったグラスを取ると、カウンターの内側に置いたパックからコーヒーを注いでいくのが見えた。 

(・・・?) 

なんだか、おかしい。

いくら私がコーヒー好きだとはいえ、そんなに注ぎ続けるってことがあり得るのだろうか?

いや、きっとマドモアゼルは俺の旅立ちを祝って、あえて言葉をかけずにコーヒーを振る舞ってくれてるんだ。

 きっとこれは最後のご馳走なんだ、と。 

「ありがとう」 

私は声に出して礼を述べた。

しかしそれには何も答えず、ただマドモアゼルは満杯になったグラスを手に取ると、にっこり笑って、はい、と差し出した。

私は差し出されたグラスを受け取ると、また先ほどと同じようにブラックコーヒーをぐいとあおった。

するとまた・・・

 

気が付くと30分経っていた。

すでにコーヒーのお替りは10杯になっていた。 

「マドモアゼル、そろそろ・・」 

いい加減、腹がたぷたぷになっていたので、私は席を立とうとした。

すると、

 

「3500円になります」

 

という、女主人の無情な声が頭上で響いた。(続く)

 

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