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ヨーロッパ旅行小説と語学

欧州旅行の体験記を冒険小説風にしてみました。語学についてのあれこれも書いていきたいと思います。

第13話「搭乗ゲートにて待つ」

<前回までのあらすじ>

世界の車窓に憧れて、ヨーロッパに旅に出た元秘密営業部員の栗金団じゅんたろう。

国内の空港でかつての仲間に出会い、所属した組織に関わる重大な秘密を知り、ある決意をする。

そして今、ようやく出国審査が始まろうとしていた・・・!

 

ジョリーが審査を終え、私の前に来た。 

「じゃあね。栗金団。ここでいったんお別れよ。また向こうで会いましょう」 

「ローマにいること以外、あんたがどこにいるか、全く教えてもらってないがな」 

「そのうち分かるわ。嫌でもね」 

そういってジョリーは微笑み、自動ドアの向こうに消えていった。 

(まったく、謎かけが好きな女だ) 

昔からそうだった。

一緒の課で働いていたときも、常にどこに行き、どう動くかは、こちら側が推測しなければならなかったのだ。

(任務完遂率は部内トップだったから、誰も文句はいえなかったが・・・周りにいる俺たちは大変だったよ) 

昔を思い出し、やれやれと頭を左右に振った。 

「次の方どうぞ」 

突然、前から声がした。

顔を上げると、カウンターの奥から、男性係員が私を見ていた。

私の番らしい。

パスポートと搭乗券を握りしめ、カウンターの方に歩いていった。

とはいえ、ここではあまり語ることはない。

簡単な質問を2,3聞かれただけで、それも事務的なことだった。

どこに行くのか、どういった目的で・・・

男性係員にこちらも事務的に答えると、そこで審査は終了した。

審査を終え、パスポートにポンとスタンプを押してもらうと、搭乗券とともに渡された。 

 

「よい旅を」 

 

若い係員は笑顔でそう言ってくれた。 

「サンクス」 

私もニコリと笑い、言葉を返した。

二つを肩掛けのミニリュックに入れて、搭乗券に記されていた搭乗ゲートに向かうことにした。

審査ルームの自動ドアを抜け、目的のフロアに向かう。

時計を見た。

17時30分。

出発まであと1時間だ。 

(ちょっと見物でもするかな) 

出発ロビーと呼ばれるフロアに行く途中で免税店があると、手持ちの空港マップに記されていた。

免税店なんて、こういう機会がなければ滅多に見れるもんじゃない。

私はちょっとウキウキした気分になって、足を速めた。

出国審査カウンターを出てエスカレーターに乗り、階上に向かった。

着いた先のフロアはもう国際線ゲート内である。

多くの店舗が並んでいた。

とはいえ、ほとんどはブランド系の高級ショップで、私のような貧乏旅行者にはおよそ縁のない場所と言えた。

エルメス、ブルガリ、カルティエ、クロエ・・・女性が喜びそうな店舗ばかりで、私もとりあえず2,3の店を覗いてみたが、どれも手に入るようなものはない。 

(見物するとかいったけど、これじゃあ、ほとんど見るものがなさそうだな・・) 

それでも何か面白いものでもあればと、散策しながら眺めることにした。

そうしてふらりと、ブルガリの店の前まで来たとき、奥からきれいな女性の店員さんが「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」と話しかけてきた。 

「いや・・・」 

突然だったので、思わず言葉がつまってしまった。 

「そちらにある時計は人気がありますわよ。こちらのバッグは最新のモードでございます。で、あちらのものは・・・」 

私が何か言う前に、立て続けに商品を勧めてきた。

その口元はまるでマシンガンのように素早く動き、そして確実にこちらの財布をこじ開けんと、狙いを定めたように前歯が鋭く光っていた。

息をのまれるというのはこのことで、すでに私は一言も言葉を発せずにいる。

かろうじて「ああ」とか「うう」と言葉にならない相槌を打つだけだった。 

(どうやら戦いの主導権を握られたようだ) 

私はひそかに諦観した。

こうなった場合は、ひたすら相手の流れをいなすしかない。 

「どうなされます?お客様!!」 

目を閉じて息を整えようとしていたとき、突如力のこもった「お客様!!」の雄たけびを聞いて、私は思わず、

 

「こっ、このバッグをください!」

 

と、近くにあったバッグを指さしてしまった。

(しっ、しまった!)

 歯噛みしたが、もう遅い。

すでに店員は指で差したバッグを手に取って、「お買い上げありがとうございますっ!」と元気よく声を出して、奥のレジカウンターにさっさと持っていったのだった。 

(負けたよ・・・さすがは免税店のプロショッパーだ) 

世界と渡り合うには、これくらいの気迫とスピードがなければ通用しないのだろう。

私にはまだまだ世界の道は遠かったようだ。

観念し、とぼとぼとレジカウンターまで歩いて、財布から取り出したカードを提示した。 

「こちらはプレゼント用にお包みできますが、如何いたします?」 

勝利に満ちた笑みを浮かべた店員がそう聞いてきたが、まったく余計なお世話である。

好きで買ったのではないから、包みも何もあったもんじゃないが、まさかそのバッグを男である私が使うなどとは夢にも思わなさそうな表情だったので、 

「いや、そのままでいい。すぐに使うから」 

と威厳に満ちた声で伝えて、店員の表情をわずかだが、凍らせて差し上げた。

わずかな抵抗である。

会計を済ますと、再び「ありがとうございました!」という店員の作り笑顔で店の外まで見送られた。 

(ガッデムン・・・10万8千円もするのか・・しかもレディースときた」 

指をさしたのがたまたまショルダーバッグで、一番無難なものでよかったが、それでも思い切り女性用なので、これを身に着けてるのはなかなかに恥ずかしい。 

何より、もう片方の肩にかけているアディダスのショルダー型リュックとの対比が凄まじいギャップと哀愁を漂わせていた。 

(かまわんさ・・それにカードの支払い先は、課長になっているからな・・) 

平の諜報員には、各自に一枚ずつ支給されている工作活動用のクレジットカードがあったが、本来は退職したら返納しないといけないので、当然、退職時に総務部に返却していた。

ただそれまで散々お世話になった課長への嫌がらせとして、課長のことをよく思わない総務部の部員と結託して、管理職に割り当てられている3枚のカードの内の一つを横流ししてもらったのだった。

(請求書は当然、総務部に送られるだろう。そして課長夫人は元総務部のお局事務部員・・現役時代のお仲間から連絡がいって、ブルガリのバッグを買ったなんて知られると、なかなかに面白いことになるぜ) 

ふふふ、とほくそ笑みながら、バッグを肩にかけて、颯爽と出発ロビーに向かった。

直線の廊下をまっすぐ行くと、やがて広々としたロビーらしきものが見えてきた。

大きな窓ガラスに囲まれた見晴らしのよいロビーの先に、航空会社の社員らしき男女が二人立っていた。

その背後には飛行機と空港をつなぐゲートのようなものが見えている。

どうやら、ここが最後の関門らしい。 

「こちらの出発ゲートで搭乗されるお客様は順次お呼びいたしますので、それまでこちらでお待ちください」 

女性の係員、いやキャビンアテンダントの制服に身を包んでいるので、おそらく共に飛行機に乗り込む人なのだろう。

この彼女が大きな声でロビーに集まっている乗客に伝えていた。

私はいったん近くの座席に座って待つことにした。

歩きながらロビーを見渡すと、けっこうな数の乗客が席に座っているのに気付く。

後から続々と入ってくる姿も目に入った。

時計を見ると、17時40分になっていた。

18時30分の出発まで、あとわずかだ。

窓ガラスには空港の芝生が見える。

その周辺で大型の旅客機が止まっていて、整備員が何か作業をしている姿も遠目に見えた。

ようやくここまできた、と思った。 

(いよいよ旅立ちのとき・・生まれて初めての海外への旅の始まりだ・・) 

感慨深げに一人、そうつぶやいた。

(続く)

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